こんにちは、ソフィー・ジ・アカデミー恵比寿校の冨樫です。
2019年最初の講義として、今回はHans Rosling, Ola Rosling, Anna Rosling Rönnlund著、”Factfulenss”の講義作成を担当致しました。 2月半ばに無事に作成が終わり、最終月の講義を待っている皆さんに向けて、現在急ピッチで発送の準備を進めています。
*講義とは、ソフィー・ジ・アカデミーで洋書テキスト1冊ごとに作成しているものです。詳しくはこちらをご覧ください。
この本に限ったことではありませんが、あとあと本を読み返してみると「あぁこの講義を作っている時はこんなことを考えていたな」という気持ちになります。
本というのは不思議なもので、内容はもちろんのこと、その当時自分自身に起こっていた事や、考えていた事というのも、鮮明に思い出させてくれます。
この記事では、講義作成を終えたいま、改めて”Factfulness”を読み直して思い出した、そんな講義作成の一コマをご紹介したいと思います。
(”Factfulness”の講義紹介ページはこちら)
講義を作るにあたって意識したこと
まず、今回の講義を作るにあたって意識したことは、「筆者はこの本をもって、誰かを批判したかった訳では決してない」ということでした。
この本には、世界に関する多くの”Fact”(事実)が、データを基に紹介されています。
そして、実はその”Fact”の多くを知らないまま、私たちは日々の生活を過ごしてしまっているのです。
誰も知らない、自分だけが気付いている”Fact”、ある日あなたが手に入れてしまったらどうするでしょうか?
最近は「マウンティング」なんていう言葉もありますが、皆が知らなかったり、勘違いしてしまっている「事実」を手に入れてしまったら、それを他人を批判するためだったり、自分がいかに優れているかを証明するために使ってしまう人、というのはいると思います。
ハンス・ロスリングはこの「事実」を基に、政治家であったりジャーナリストであったり、もしくは世界に対して無知である人々(つまり我々)というのを、貶めて批判することが出来たはずです。
しかし彼はそんなことはしませんでした。
代わりに彼はこの本”Factfulness”を書き、本文中で何度も”Instinct”(本能)という単語を使いました。
そこには、こんなメッセージが込められているのではないかと、私は感じました。
あなたが世界の現状を知らないことは、決してあなたのせいではない。
それは、あなたが私と同じ”Instinct”を共有した、人間であることの証明である。
この本を通して、それに気付き、これからの人生に活かしていこう。
ハンス自身、この”Instinct”により、人生の中で沢山の失敗を経験してきました。
この本は、あたかも「ハンスおじいちゃん」が、自分と同じ失敗をしない様に、孫に語り掛けている昔話の様です。
残念ながら、この本の完成を待たずにハンス・ロスリングは亡くなってしまった訳なんですが、この本を通して、また、”Instinct”という単語を通して彼が言いたかったのは、「未来を作っていく私たちに向けた、そんなメッセージ」なのではないか?というのが私の解釈でした。
そういう訳で、今回の講義作成の中で一番意識したのは、ハンス・ロスリングが伝えたかったメッセージであったり、そういった「世界への優しさ」というのを、私達がこの講義を作っていく中で失ってしまわない様にすることでした。
13個の質問に答えている時に気付いたこと。
この本では最初に、世界の現状に関する13個の質問が、三択形式で出題されます。
しかし、世界中の「頭の良い人」や「偉い人」の多くが、このうち3つ程度しか正解することが出来ません。
正解率にすると30%です。
筆者は、この状況を皮肉って、「チンパンジーよりも下」と言っています。
チンパンジーが適当に回答を選んでも、理論上、4~5個は正解できるわけです。
* * *
10番目の質問は「世界中で、30歳の男性は平均10年間の教育を受けています。では、同じ年齢の女性は平均何年間の教育を受けているでしょうか?」というものでした。
ネタバレになってしまいますが、答えは9年。実はほとんど差が無いのです。
しかし、私がいざこの質問を答えようとした時に、脳裏に浮かんだのはこんな考えでした。
「多くの途上国の中で、女の子というのは学校に行けずにいるはずだ。小学校だって6年間過ごせているか怪しい。男子が10年だとすれば、その半分の5年くらいだろうか?いや、もし10歳になって畑作業を手伝うと考えれば、3年くらいしかいられないのではないだろうか?平均は3年だ!」
おそらくこの考え方というのは、ある特定の地域を想定するならば正しいと思います。
しかし、もう一度問題文を読んでみましょう。
そこにはどこにも「途上国」なんて言葉は出てきていません。
「世界中で」どうなっているかが質問されているのです。
つまり、私は無意識のうちに「女の子の教育問題」と、「(いわゆる)発展途上国」を繋げて考えてしまい、自分の意識を「アフリカとかあの辺り」に飛ばしてしまっていたのです。
それを自覚した時、正直冷や汗が出ました。
上に書いたロジックを考えている時、私の脳裏にあったのは、太陽が沈む広大な大地で遠く遠くの井戸まで水を汲みに行く、やせ細ったアフリカの女の子の姿でした。
質問の対象には、自分自身も含まれていたのに、です。
* * *
これは本当に質問を読んで頭の中で考えている間に起こった、時間にすると1秒あるかないかくらいの出来事でしたが、まさに無意識のうちに「自分たち」を、「彼ら」から切り離して考えてしまっていたことに、本当にがく然としました。
これはハンスが本文中で警鐘を鳴らしている、”The Gap Instinct”と呼ばれる、「自分たち」と「彼ら」を切り離して考えてしまう、私たちの”Instinct”の一つです。
私は大学で国際関係学という学問を学びました。
「だから」なのか、「それなのに」なのかは分かりませんが、私の世界の捉え方が歪んでしまっていることにハッとしてしまいました。
あの瞬間を感じることが出来ただけでも、この本を読んだ価値があったと本当に思います。
心に残った文章
心に響く文章が多すぎて、手元の”Factfulness”はマーカーでボロボロです。
本当に、マーカーが引かれていないページを探す方が難しいかも知れません。
そのくらい、気に入ったセンテンスを1つあげろと言われても難しい一冊です。
その中から一つ、こちらのセンテンスを紹介したいと思います。
“The numbers are freely available online, from the UN website, but free access to data doesn’t turn into knowledge without effort.” (P.79)
日本語訳にすると大体こんな意味になります。
「これらの数字は、国連のウェブサイト上で自由に利用可能である。しかし、情報に自由にアクセスできるからといって、努力なしに、それが知識に変わることはない。」
ハンスがこの本の中で使った統計データの多くは、インターネット上で公開されていて、私達はそれらに自由にアクセスすることが出来ます。
この文章の前後では特に、国連が無料でインターネット上に公開している情報を、ノルウェーの教師たちが全く知らなかった、という事例が紹介されていました。
もうすこし言うと、これらのデータを作るにあたり、国連は各国からの分担金でその費用を賄っています。
その分担金というのは、もちろん各国が税金で賄っているものになります。
つまり、私たちの税金から作られたデータなのです。
しかし、私達の多くはそれをわざわざ見に行こうとはしません。
これほど多くの情報に自由にアクセスできる時代というのは、これまでありませんでした。
その時代に生きている事実を恩恵として捉え、積極的に学ぶ姿勢が大事になると思いますし、自分自身もそういった姿勢を失わずにいきたいと思いました。
インフルエンザになりました
私事ですが、2か月目の講義作成中に(人生で初めて)インフルエンザにかかり、あやうく通信コースの発送が遅れるところでした。
講義音声はいつも以上に声に気を使って録音したため大分時間がかかりましたが、何とか予定通り発送することが出来てホッとしました。
最初にも書きましたが、あとあと本を読み直すと、その時自分の身に起こっていたことも思い出すことがあります。
おそらく私は”Factfulness”を読み直す度に、人生初のインフルエンザにかかった日のことも思い出すことになると思います。
講義作成を終えて
本当に素晴らしい本にめぐり合うことが出来たと思っています。
傍らに「ハンスおじいちゃん」の存在を感じながらの3か月でした。
講義作成を通して、この本を知れたことに感謝しています。
最後に、息子夫妻のオーラとアンナは、あとがきの部分でこう書いています。
“Hans’s dream of a fact-based worldview lives on in us and, we hope now, in you too.”(P.259)
邦訳本の訳が素晴らしいので、日本語訳はそちらを引用させて頂きます。
「父が人生をかけて広めようとした「事実に基づく世界の見方」は、わたしたちの中に生きている。そしていま、この本を読み終えたみなさんの中に、父の想いが生きていることを願っている。」(P.329)
この本を読み終えたいま、ハンスの夢は間違いなく、私の心の中で生きています。
そして、私達ソフィー・ジ・アカデミーの講座を通して、ハンスの夢がより多くの人の心の中で生きていくことを願っています。